計量こそが国家経済の礎となる――
松本発・計器メーカーが示す技術革新の真髄

東洋計器株式会社 代表取締役社長 土田泰秀

聞き手/公益社団法人 国際経済交流協会 会長 米田建三      
(2016年4月発行World Navi)

土木技術者から一転、〝お見合い〟で現在の会社へ
米田 今年私たちの母校である松本深志高校が創立140周年を迎えます。社長は私より二年下に当たりますよね。
土田 一年と三年で一番頭が上がらない関係です(笑)。
米田 土田社長ご自身は、東洋計器に入社する前は何をされていたんですか。
土田 国家公務員上級職(土木)に受かって、本州四国連絡橋公団に入りました。当時本州と四国の間に橋をかけようとしていて、本州公団が技術屋を集めていたんです。まずは計量経済モデルの開発の仕事をしました。本州架橋をつくると、経済効果がどう変わるかという研究です。
 その後、大鳴門橋の設計の仕事をしていたんですが、東京にいたころに見合いというものをしてみたいと思いまして……『鯛萬』で食事をするという見合いの話があったんです。
米田 『鯛萬』といえば全国的に有名な松本のフレンチレストラン…。
土田 それじゃ食べに行ってみようかと言ったのがはじまりで、それで土田に婿に行くことになったんです…役所を辞めて。
米田 お見合い相手が相当魅力的だったのかな。奥様の実家が松本の東洋計器だったわけですね。会社を継ぐ気で結婚した、と。かなりの英断ですよね。本州架橋といえば当時の花形ですから。
土田 土木の世界にはグラビティモデルという経済計量の考え方があるんです。例えば、橋を架けると中国地区と四国地区の間の距離が短くなる。短くなると両地区の経済が活性化する。
 二カ所の間の時間距離を分母に置いて、地域経済のポテンシャルを分子に置いて、計算した数字が大きくなれば二カ所間の経済が活性化する。 土木というのはその分母を小さくする仕事です。地方で企業を営むということは、経済を活性化させて分子を大きくすることです。
 それなら地方に行って企業の仕事をするのも、土木技術者の仕事も同じじゃないかと、妙な理屈を自分につけて松本に戻りました。

日本水道の源流は松本にあり

米田 今まさに大活躍ですね。この間、工場を視察させていただいたんですが、驚きました。世界企業ですよ。国家統治の原点として、計量というものが大事だという概括的な知識はありましたけど、認識を新たにしました。計量が正確であればあるほどその国の経済社会に大きな影響を与えるんですね。国産初の水道メーターを、信州松本出身者が開発したそうですね。
土田 桑澤松吉さんという方で、片倉製糸紡績株式会社(後の片倉工業株式会社)に納める機織りの機械をつくっていた人なんです。当時松本の片倉製糸は、日本でも最優良の会社でした。
米田 製糸全盛の時代、明治の末の話ですね。
土田 日本で水道メーターといえば、初めは横浜とか神戸の外国人居留地に水道が引かれ、そこに外国製のメーターが設置されていたんです。そんな時代に桑澤さんが機織りの機械の技術を転用して水道メーターをつくった。ですから日本の水道の源流は松本にあるんです。
 その後、国の命令で満州国、朝鮮総督府に水道・ガスを供給する工場をつくることになって、桑澤さんたちは大陸に渡った。これで一大発展をしたわけです。そして戦争が終わってほとんど着の身着のままの状態で戻ってきて、1949年に水道メーターを松本でつくるようになったんです。

経済発展のために、度量衡の全国均一化は必須だった

米田 日本の近代水道の一番重要な部分を担われてきたということですが、度量衡というのは国家の統治の基本ですよね。
土田 江戸時代の秤を見てください(写真下)。これは江戸中期の物で、携帯用の皿棹秤というものです。薬とか金とかお香を量っていたんです。
米田 大事なことは、幕府の統制の下、秤の性能を厳しく監視し、均一であることを保障していた点ですね。
土田 江戸幕府は、秤の製造を「守随家」と「神家」に限って許しました。日本を二つに分け、東33カ国を守随家、西33カ国を神家支配としたのです。これで幕府は秤の統一化を図り、10年に一度「秤改」を行って、秤の精度を維持していました。
米田 つまり徳川幕府は国家の安定統治、経済発展のために度量衡の統一が必要だと考えていたわけですね。そんなことを全然考えていない為政者がいっぱいいる国もあるわけで、そういう意味では日本も大したものですよね。
土田 日本も豊臣秀吉が国家統一をするまでは、年貢米を量る枡が均一ではなかった。秀吉の時代になり、家康の時代になり、それぞれ全国的に均一化した枡をつくったわけです。
 家康の時代には、ちゃんと3%増税ができるように大きな枡をつくった。例えるならば、国会を通さなくても増税ができるようなもの。こういう点からみても、計量は経済の大原則ですよね。
米田 支配者によって、枡が変わっていったのですね。
土田 金が足りないので枡を大きくしよう……そうすると一揆が起きるんです。家康が頭がいいのは、枡の板を薄くしたんです。小さく見える。でも、底が深くなっていて容量は大きい。巧妙極まりないですね。

社会の変化に合わせて新しい計量の価値を考えた

米田 図らずも計器の専門企業をお継ぎになったわけですが、東洋計量史資料館(WNダイジェスト参照)をおつくりになっているところを拝見すると、社長ご自身が高い次元で、社会インフラとしての度量衡の重要性についてお考えがあるのではないかと思います。
土田 計量史学会という学会に、私が尊敬する岩田重雄先生という大博士がいたんです。その方に出会ったときに、「計量は文明の母だ」という言葉を授けてくれました。文明は計ることから始まるんだ、と。
 それまで単に水道メーターやガスメーターをつくればいいとしか思わなかったんですが、社会が変わっていくと、計量の価値も変わるのだと考えるようになりました。変化に合った計量の価値を私たちはつくっていかなければいけないと、非常に強く感じました。
 私が入社したころは、水道メーターは8年経てば必ず替える、ガスメーターは7年経てば必ず替えると言われていました。
米田 必ず傷んできますからね。
土田 そうすると8年経てば必ず需要があるんです。こんないい仕事、ある意味他にないですよね。
 逆に需要が安定しているから発展がない。四国で営業所の所長をやっていたころ、ある部下に「この仕事は味噌屋や醤油屋の仕事だ」と言われました。「無くなったら御用を聞きに行くだけで、全然面白くない」と。
 言われて頭にきたんですけど、仕事を面白くしないといけないと思いまして。昭和58年ごろ、イノベーションという言葉が流行っていて、ICやバイオ等いろんな技術が芽吹いてきたころです。その中で私たちが成し得る技術革新は何だろうと考えたときに、一つはマイコン(マイクロコンピューター)だと。
 もうひとつは電話回線の技術だと思いました。そこで私が「マイコンで保安、テレメで合理化」というフレーズをつくりました。つまりこれまで計るだけだったメーターにマイコンを付けて、それに人間が危ない状態を覚えさせて、危ないと思ったら遮断して安全を守る。それがマイコンメーターです。
 私どもが日本で第一号のLPガス版のセキュリティーメーターを開発したんですが、そのシステムはガスが流れているかどうかを、電気の信号でマイコンに送るようになっているんです。そこでその電気の信号を電話に乗せればいいんじゃないかという話になりました。今でいうモデムを開発して、一軒一軒回らなくても、離れたところから計量できるようにしました。これがテレメ(テレフォンメーター)です。
米田 一軒一軒のガスの残量が少なくなって通報が来れば、大きな合理化ができますね。ユーザーの使いっぷりが全部供給会社に分かるわけですよね。
土田 「テレメで合理化」というのは結局、POS(販売時点の情報管理システム)なんです。コンビニのレジがすべて配送センターにつながっているのと同じです。

新しいガスメーターの開発で新たなユーザーの需要を喚起

米田 そして1993年に水道メーター・LPガスメーター用無線通信システムを確立されました。
土田 最初私たちが残量管理システムをつくったころ、電話は全部黒電話でした。各家庭の電話にモジュラーケーブルを差し込んで、通報するシステム。それができた当時は有頂天になりましたよ。
 でも後に通信の大革命が来て、今、黒電話がある家なんてほとんどありません。そこで、移動電話のPHSを応用すれば、人の家の電話を借りなくてもできるんじゃないかと考えました。オール無線と呼ばれるものの始まりです。これは私たちが早い段階で着手しました。
米田 さらに2000年には日本初の用途別に分けて計ることができる、ガスのハイブリッドメーターを開発されていますね。用途別とはどういうことですか。
土田 時間ごとのガス消費量のグラフを見て、ポッと短時間に一気にガスを使用しているのはお湯を使ったとき。少ない流量で長時間使っているのは暖房使用時。そういう用途別の使用量が、一つのメーターで分かるんです。(以前は用途に関係なくガスの使用量は一緒にされていた。)
 これを使えば、ガスの供給会社が用途別にガスの単価を設定することができます。例えば以前北海道では、暖房のエネルギーとして灯油が主に使われていました。暖房を使うときに〝暖房はたくさんエネルギーを使うので、灯油の方が安いんじゃないかな〟と考えるユーザーもいます。
 そこで、「暖房用のガスなら3割値段を安くしてあげる。だから灯油からガスに切り替えませんか」と供給会社が言えるわけです。ユーザーのガスに対する需要を増やせることになります。

地元に企業をつくればさまざまな社会問題を解決できる

米田 これまでそういったいろんなアイデアを駆使されて、2000年には文部科学大臣賞も受賞されている。大変な努力と工夫をしてこられたのだと思います。〝味噌屋・醤油屋〟と揶揄されたいわば伝統産業から、技術革新する企業へと脱皮したわけですね。そうすると社内の人材確保や意識革命も一苦労されたんじゃないですか。
土田 自分が闘いながら前に行くと、みんなついてくるということですね。それと都市部在住でも、地元に帰って親孝行したいと思っている人材はいます。でも仕事がないじゃないかという話になる。そこで松本に電機・電子・ソフトの技術を生かせる仕事をつくろうと言って、人材を集めました。
米田 地方の過疎化や衰退は、正に今の政権が直面しているテーマです。日本の都市は人口が多過ぎるから、地方に拠点を移す努力をしなくてはならない。
 私はそれを企業の自助努力だけに頼るだけじゃなくて、税制その他インセンティブを徹底的に導入して、本社の拠点を各地につくりやすくするべきだと言ってきました。それをもう昔からおやりになっていたんですね。
土田 自分が故郷に帰ってみたときに、地元の企業というものが非常に大事になってきます。高齢化は進むけど、子どもたちは遠くへ行ってしまう。地元に企業をつくれば、いろんな社会的問題を解決できるのではないかという思いで、ずっとやってきました。

発展途上国から見れば日本は〝神の国〟

米田 台湾やフィリピン、バングラディシュなど、海外の輸出も強化されていますね。海外事業の必要性をお感じになって始めたのはいつごろですか。
土田 約7~8年前です。結局日本は人口が減っていきます。国内では、水道メーターやガスメーターの付加価値を高めて市場を広げていくしかない。一方では国がインフラ輸出を進めています。インフラといえば原発や高速道路のイメージもありますが、水やガスが欲しいというのは非常に優先順位が高いわけですよ。水道メーター・ガスメーターの需要も出てくる。そういうことで力を入れ始めました。
 例えばフィリピンに大きな台風が来て、水道の多くが流されて、それを日本のODA資金で復興させていく際に、お手伝いさせていただいたりしました。
 また、バングラディシュには、プリペイドで料金を支払う新しいメーターを検討しています。まだガスのインフラが整っていない国では、ボンベでやり取りをするわけです。ボンベでやり取りすると、一度に高額のお金が必要になります。でも私たちが考えたプリペイドのメーターを使えば、先に3000円だけ払って、3000円分だけ使うということができる。これもODAの仕事の範疇ですね。
米田 所得の低い国だと、使った分だけ払えばいいという設備は、住民にとって助かるものでしょう。水道化やガス化というのは近代化の基礎ですね。いくら立派な工場をつくっても、家の水道が不衛生だったり、安全にエネルギーを使えないというのではしょうがない。
土田 やっぱり東南アジアは、日本のような国をつくりたいと思っていると思うんですよ。外国である人に「日本は神の国だ」と言われたことがあるんです。「あんなに恵まれた国はない」と。
米田 日本では水に困らないし、世界で一番安全にガスが使える。これは世界の他の国から見たら、神の国かもしれません。

メーターが高齢者を見守る

米田 安全性も御社の強みの一つですよね。そういう意味で、高齢化社会を睨んでの新規の技術開発、新たな事業展開も進めていらっしゃるようですね。
土田 弊社では2000年に高齢者用の「緊急通報装置」というものを開発しました。水道やガスのメーターが全然動かないとなると、もしかしたら独居老人の方が倒れているかもしれないですよね。ですからメーターを生活のセンサーとして使ったらどうかと。それをネットワークでつないでおいて、隣人や離れた家族の元に情報を送れば、優しく見守れるのではないかと考えました。いざというときには誰が出て行くんだという問題が出てきて、今、長野県では幾つかのタクシー会社と提携しています。タクシー会社の人に警備業法の関連資格を取ってもらって、何かが起こったときには、タクシーの運転手に現地に行っていただくというシステムです。
米田 それもまた企業活動の結果として地域貢献されているわけですが、今後他に何か地域社会発展のために御社がやろうとしていることはありますか。
土田 やはりまずは自らの企業をしっかり発展させて、地元で、世界で、仕事ができるような環境をつくっていくということです。
米田 雇用の確保も含めてですね。
土田 最近は女性の活躍にも目を見張るものがあります。例えば外部に対するプレゼンを女性にやってもらうんです。すると彼女たちが凄いんですよ。
 やはりプロだなと思います。女性ならではの言葉遣いや素振り、いろいろな立場の人に目配りもきくんですね。
米田 社員に自分の会社が何をやっているのかをしっかりと理解してもらう─そのためには性差なく、若い社員もどんどんプレゼンに参加させるわけですね。自分が一体どういう仕事をしているかという自覚になりますし、会社への誇りも生まれてくるでしょう。業界のリーディングカンパニーとしての人材育成法を伺おうとしていたんですが、まさにその答えになりますね。
土田 たかがメーター、されどメーターという思いでやってきましたが、それを若い社員にも伝えたいと思っています。
米田 ぜひ頑張ってください。今日はありがとうございました。