党人派だからできる“現場感覚”の政治―
そして側近として語る安倍総理の素顔

内閣官房副長官 萩生田 光一
聞き手/公益社団法人 国際経済交流協会 会長 米田建三      
(2016年8月発行World Navi)


地盤・看板・鞄もなかったかつての二人の共通点
米田 思えば萩生田さんとは長い付き合いになります。あなたが都議会議員の頃に初めてお会いしたんですよね。
萩生田 米田先生が亀井(静香)派の一員としてバリバリ動いていた時代ですよ。
米田 まず初めに八王子市議会議員になられて、そこから都議会議員、衆議院議員へとキャリアを積んでこられました。若い頃から趣旨明快に発言をされ、ご活躍されていましたから、私も大いに共鳴するものがありました。でも若い頃よりおとなしくなりましたね。
萩生田 若い頃に言いたいことを言っていたツケが今、回ってきていまして。政府に入ってから、萩生田は最近つまらないなと思われているかもしれません。
米田 しょうがない。おとなしくなったというより責任のある立場についたということですからね。
 私が萩生田さんに共感を覚えたのは、政策面だけではありません。政治家になるためにはいろんなコースがありますよね。一つは官僚として経験を積んで政界に出る。もう一つが、親の後を継いで、その地盤を譲り受けて政治家になる。そしてもう一つが、地方議員として、あるいは政治家の秘書として、努力して頑張って国政へと出ていく、いわゆる〝党人派〟です。
 典型的な党人派でコツコツ努力を積み重ねてこられたから、私も市議会経験者として大いに共感を感じていたんです。ところで、最初はどんなことをきっかけに政治家を志したのですか。
萩生田 私が学生の頃に、都議会議員を目指していた黒須隆一先生(後の八王子市長)と出会ったことが、政治に進むきっかけになりました。学生時代に自分もなんとなく政治家になりたいなと思っていたんですけれど、その頃は〝地盤・看板・鞄〟(地盤=選挙区内の支持者の組織、看板=知名度、鞄=選挙資金)がないと当選できないのが当たり前の時代でしたし、夢物語だったんです。
 でもたまたま黒須先生の家が近所だったんですよ。都議会議員選挙を約1年後に控えていた頃、今でいうインターンシップ(学生に就業体験の機会を提供する制度)みたいな形で選挙活動を手伝ってくれないかと言われて、事務所に入りました。で、選挙が近くなれば忙しくなって、学業なんかそっちのけで学生秘書みたいなことをやりまして。そうして政治への憧れが膨らんでいったんです。ただ私の場合、両親が共稼ぎのサラリーマンでお金があるわけでもないし……。まずは地方議員として、27歳の時に初めて八王子市議会選挙に出ました。保守派の方から「萩生田君、若くて元気があるのはいいけど、君は町会の役員をやったことがないだろう」とか言われました(結果は当時最年少で初当選)。

米田 地方議員になるためのしきたりが各地にあるから、大変だったでしょう。私も東京の出版社の社員から、地盤、看板、鞄なしで、横浜市戸塚区選挙区から横浜市会議員選挙に出ました。友人、知人、親戚ゼロ。当時は周囲から「お前、アタマがおかしいんじゃないか」と言われましたよ。

地方議員時代の大きな経験

萩生田 私は別に野心があって国会議員になろうと志を立てたわけではないんです。市議会議員を3期務めたんですけれど、そのときの同期や仲間が皆、親父くらいの年齢ですから、一人だけ若かったんです。背伸びをして同じことを言っても駄目だなと思ったので、同世代の目線で政策をやろうと思いました。
 本当に稚拙なことなんですけど、公園のブランコの下はだんだん穴が掘れてきて、雨が降ると水たまりができて使えないんですね。そこで全国の事例を見たら、ブランコの下をカラーシートで舗装するという事業がちょうど始まった頃だった。これを市役所で提案して市内のあちこちで直したら、若いお父さんお母さんに評判がよかったんです。それと八王子で乳幼児の医療費助成条例をつくりましてね。これは共産党と一緒に提案したんです。
 私は自民党ですけど、地方政治ってあまり政党政治が必要ないという思いがあって、共産党でもいい意見はいいんだと言ったんですけど、これは周りの先輩方からはすごく冷たい目で見られました。「萩生田君は若すぎるな」とか言われましたけど、いざ条例が通ったら、市民には評価されるわけです。「政党の前に市民がある」なんて生意気なことを言いながら実績を積んでいったら、親父世代の先輩たちも「いいじゃないか」と評価してくれて。結局皆が私を育ててくれました。
米田 非常にいい流れですね。私は萩生田さんの地方議会議員の経験ってすごく大きいと思います。充実していたのではないでしょうか。自分の政治家としての言動がすぐ形になる。私も横浜市会議員の日々のことは克明に覚えています。やっぱり楽しかったです。国会は形になったのかならなかったのかよく分からない部分があります。
萩生田 大きな歯車の一つとしてやらなくてはいけないときもありますからね。
米田 地方議会っていうのは、最も政治家が自分の努力や発言が具体的に形になって見える場です。だから地方議員を経験した人と、まったく経験してない人と、国政の場では相当違うだろうと思いますね。
萩生田 私は逆に国会に初めて来たときに、あまりの地方議会出身者の少なさにびっくりしました。
今はすごく増えましたよ。一回政権交代を経て、議員のなり手が少なくなったんですよ。リスクを取らなくなったわけです。そのときに手を挙げてくれたのが、全国の県議会議員や市議会議員の人たちでした。もちろん世襲の政治家にも優秀な方はたくさんいらっしゃいます。でも野球の世界でいえば、中学、高校、大学とやってきてプロになるのが当たり前なんだけど、永田町っていうのは、親父がプロ野球選手だと、野球のルールも知らないのに、子息もプロになれちゃうんだなと違和感を感じたことはありますね。
米田 実際そう思います。だから国政があって地方の政治がある、地方の政治があって国政がある。
 当たり前のことですが、全然違うフィールドとして通用してしまう。ここをどうするかということが、政治の課題の一つだと思いますね。

安倍総理が2度目の総裁選に出る際、最後まで反対した

米田 私は安倍総理とは長い付き合いで親しくさせていただいております。今、萩生田さんは側近中の側近で、安倍総理が大変期待しているといわれています。この数年、総理の特別補佐、官房副長官として総理の身近な場所にいらっしゃいますが、身近に見えるがゆえに分かる安倍総理の素顔をどうご覧になっていますか。意外な一面もあるんじゃないですか。
萩生田 間違いなく第1次内閣時と、3年3カ月の政権交代を経て、2回目の登板をされた総理の雰囲気は大きく変わったと思います。すごく安定感があるし、いい意味でしたたかな政治家になられたなという気がします。米田先生もご存じの通り、安倍総理って優しい人じゃないですか。だから情が邪魔をして、今までせっかくかけた情けが、自分に悪い方に返ってきたなんてこともありましたが、この3年間はすごいシビアですよ。
 そこで(第1次内閣の)総理大臣を経験したことが生かされてます。過去に安倍総理は閣僚として官房長官と官房副長官以外にやったことがなかったわけです。だから私は僭越ながら、2回目の総裁選に出るときに最後まで反対しました。まだ時間があるから財務や外務といった主要閣僚を経験してからでも遅くないじゃないかと意見具申しました。そんな心配をよそに、堂々たる政治をやっていますね。
 私が一番びっくりしたのは外交です。総理には以前から外国訪問へ同行させていただきましたけど、今や世界のリーダーとしての立ち居振る舞い、会議をリードする勘、こういったものには本当に目を見張るものがあります。そして地球儀を俯瞰する外交と称して、海外にも足を付けてきました。それでマルチな会合に行きますとね、待合室で安倍総理の前に列ができるんですよ、握手を求めて。発展途上国だけではなく、先進国も含めてです。それは「はじめまして」じゃないんですよね。「この前はありがとう」というところから始まるわけです。やっぱり日本は総理大臣が1年に1回ずつ変わってきた時代がありますから。会議でイニシアチブも取れるし、外交力は目に見えて変わってきたと思いますね。

第1次政権期の〝挫折〟が安倍総理をたくましくした

米田 まったく同感です。1期目とはまるっきり風貌そのものが変わってきましたね。1期目は理想に燃える青年みたいな感じもありましたが、2期目からは明らかに違います。
萩生田 あのときは理想を全部ロケットスタートでやろうと思ったんでしょう。今回は優先順位を決めて、まずは経済だと。もちろん本当は、憲法改正など大きな日本の形づくりに取り組みたいという意欲を持ちながら、優先順位を明確に決めてやっています。
米田 自分の確信を持って、いたずらに振り回されないという自信も見えるし、本当にたくましく思えますよ。1期目をお辞めになるとき、あるメディアの幹部から「親しいあなたから電話を入れて安倍さんを励ましてあげてほしい」と言われました。僕はちょうど退陣表明の直後に電話をして、なぜもうちょっと頑張らないんだと言おうと思ったんです。でも彼は開口一番「すまん……」と言って……。会話の中身は省きますが、本人は泣き言を言わなかったけれど、相当あのときはきつかったんだね。私もそれが分かったので、「元気になったら飯でも食いに行こう」と言いました。その後見事によみがえって、政治家として清々しい捨て身の決意で2期目に臨んでおられます。
萩生田 それと、本人がそう思っているのかどうか分かりませんが、例えば菅義偉内閣官房長官も私も地方議会出身者で、親父さん同士が知り合いだみたいな内閣じゃないんですよ。世耕弘成内閣官房副長官も、世耕さんという一族の後継ではありますけれど、もともとNTTでサラリーマンをやっていた人です。そういう意味で、現場感覚をものすごく大事にしている内閣だと思います。
米田 いろいろな人に聞かれるのは、あれだけ何代も続いた名門政治家のプリンスだから、さぞかしプリンスなんでしょうねと言われることです。いや、それはちょっと違う。埃をかぶった汚い焼肉屋みたいな店が好きなんだと答えると、みんな驚くんですよ。
萩生田 まったく気取りがないですよね。そして分からないことは柔軟に人に聞く方です。例えばご本人は小学校から「成蹊」なんです。教育にはとても熱心な政策をお持ちだけど、実は公立の小学校や中学校で何が起こっているのか、本人は経験がないわけです。で、私自身は公立で、子どもも地元の小学校・中学校に通っていますから、もう本当に昨日あった出来事、今まさに現場で起こっていることが総理との話題になるんです。本当にそういうことをよく聞いて政策に反映しようとされています。

経済、外交……安倍政権がこれまで残した成果

米田 ところで私は第2次安倍内閣は目覚ましい成果を積み重ねていると思っています。もちろん批判もあっていいけど、ここ10年の過去の日本を振り返ったときに、格段に改善が行われてきている。
これまでの安倍内閣の成果をもし挙げるとしたら、官房副長官としてどの点を強調しますか。
萩生田 これはまだ成就したわけではないですけれど、デフレからの脱却という大きな目標を掲げて、20年間停滞していた経済を何とか再興させようとして、もうちょっとで出口が見えてきたというところまで頑張ってきましたよね。株価の問題だけじゃなくて、雇用も増やしていますし、失業率も下げています。どこまで行ったって今の経済に満足するということはないから、皆さん、議会では揚げ足を取りますけど、民主党政権下では、株価は7000円代ですよ。今は倍になっているわけだし、この間に110万人の雇用を生み出してきましたからね。だからこそ労働組合の皆さんだって、安倍内閣に一定の評価をしてくれているわけです。
 それと外交面の成果も著しいと思います。いわゆるトップセールスで既に海外から30兆円の受注をしているわけですから、これも大きな成果だと思いますし、外国人観光客の受け入れを増やして、1年間で2000万人まで伸ばしましたよね。
米田 政治が決意をして政策を断行すれば、結果が見えるんだということを安倍内閣はいくつか示してきている。安倍内閣の一つの特徴だと思いますね。これまで、日本の総理はサミットでいつも脇役だとか言われてきましたよね。しかし、安倍総理になって、このところ、むしろ主役でしょう。
萩生田 今回の伊勢志摩サミットなんて、本当にアベ・イニシアチブですよ。
米田 他にも近隣諸国との問題は常にあるけれども、いたずらに屈しない、日本の国家としての基本線はきちんと守るという姿勢を相手にはっきり伝える、それを心掛けておられますね。
萩生田 特に日中・日韓のそれぞれの首脳会談が再開し始めたということも大事なことですし、昨年の年末の日韓合意も画期的でした。保守派の方からは、解決済みの慰安婦問題に追い銭を渡すようなことはけしからんとご批判をいただくんですけど、長いスパンでみると、日韓関係がいがみ合っていることでいろんな国益を失っていることを考えるべきだと思います。例えば日韓が歩み寄ったことが、北朝鮮のミサイル対応などにも効果を発揮していますからね。

国民の最大公約数が納得する部分から憲法改正の議論を

萩生田 この雑誌が出る8月にはもう結果が出ていますが、参議院選挙に何としてでも勝利して、憲法改正の発議までたどり着きたいと思っています。それは9条をどうするかという話や課題の残るところは国民的議論をゆっくりやってもらえばいい。ただ憲法改正というものはそんなに恐れることではないのだということを理解してもらいたいんです。だから国民が入りやすいところからぜひ発議をしたいですね。
米田 憲法をチェックし直す点はたくさんありますからね。
萩生田 特に熊本の震災を経験しますと、やっぱり危機のときにはもう少し国の責任も権限も増やしてもらわないと。ああいうときに自治体まかせでは国を守れません。だからそういった条項を加えていくことや、あるいは環境権など、かつてなかったテーマについて加筆していったり、時代の変化に合わせて直していく項目など、国民の皆さんの最大公約数が納得するところから手を付ければいいのではないかと思います。
米田 僕が周りの人に説明するのは、例えば大震災が来たら、村や町の役場もなくなってしまう。市長もどこに行ったか分からない。
 こういうときに総理が権限を集中的に握って必要な対応をする。こういうことだと分かりやすい。それでも野党、特に民進党の反応は……。
萩生田 安倍政権の時代には憲法改正の議論を(野党が)したくないというのはおかしな話です。
 私たちは決して焦っていません。少なくとも国民投票の環境だけは一度作ってみたいと思います。
米田 ぜひ頑張っていただきたいと思います。今日はありがとうございました。
萩生田 こちらこそありがとうございました。
─この記事は、平成28年5月30日に行われた対談をまとめたものです。