世界94ヵ国に広まる空手の精神性
最強の武道空手こそが最も優しい人を創る

NPO法人 全世界空手道連盟 新極真館 緑 健児
聞き手/公益社団法人 国際経済交流協会 会長 米田建三      
(2017年4月発行World Navi)


10万人の会員が一つの〝家族〟に

米田 この対談でスポーツ界の有力な方とお話しするのは初めてなので、楽しみにしていました。新極真会は非常に大きな団体で、世界中に広がりを見せているようですが、世界でお弟子さんといいますか、会員の方はどれぐらいいらっしゃるんですか。
 今、世界94カ国に支部がありまして、日本と世界を併せると約10万人の会員がいます。年齢層は子どもから80歳ぐらいの方までいて、老若男女すべてが空手道で頑張ってくれています。
米田 すごいですね。ヨーロッパにもたくさん道場があるとお聞きしました。特にハンガリーでは非常に強い組織をお持ちだとか。私共の協会も、ハンガリーと縁が深くて、ハンガリー大使館やハンガリーの商務のサポートをしているんです。
 先日デンマークでヨーロッパ大会が開かれましたが、ハンガリーの選手はやはり強くて、女子は(階級別で)何人か優勝しています。男子も結構強いんですが、政府と密接になって軍隊でも空手を教えている関係もあって、ハンガリーでは空手が非常に盛んです。
米田 政府が軍の格闘技として、空手を大きな軸にしているんですね。もちろん民間人の会員も多いでしょうし、ハンガリーの選手が世界チャンピオンになっていると聞くと、私にとって近しい感じがします。ところでヨーロッパで非常に空手が盛んで支部が多いのは、どういう理由があるんでしょうか。
 まず大山倍達総裁(極真空手の創始者)の元にヨーロッパから弟子が集まって、日本に来て空手の修行をして、自国に帰って広めていったんです。ハンガリーでいうとフルコ・カルマン師範、スウェーデンのハワード・コリンズ師範といった方々です。日本の本部で本当に厳しい修行をして、文化が違う中でも大変な思いをしながら頑張って、空手の魅力に取りつかれていったんです。
米田 世界で空手を勉強している人たちはどういう思いでやっているんでしょうか。ハンガリーのように軍人に身に付けさせたいという理由もあるでしょうが、一般の方々はどうでしょう。
 旧ソ連、東ヨーロッパなどは治安が悪いので、自分の身を守るためにという人が多かったですね。そして空手がすごく広まっていく中で、世界大会などを通して皆が同じ目標を持って、互いに切磋琢磨し合って、そこで友情が芽生える。私たち新極真会は、一つの大きなファミリーだという意識を持っています。その中で日本の文化、例えば相手への尊敬の念だとか、先輩後輩のきちんとした縦の関係とか、強くなればなるほど人に優しくなれるという精神性といったものが、世界中で根付いていっています。
米田 それは素晴らしいことですね。強さへの憧れだけじゃなくて、日本武道特有の精神性に対する理解が世界に広まっている。
 僕らも非常にやりがいがありますよ。日本人をすごくリスペクトしていただいているんです。

最初の目的は、単に喧嘩に強くなりたかったから

米田 ところで緑代表は奄美大島のご出身ですが、奄美には何歳までおられたんですか。
 15歳までですね。奄美の中学を出て、極真空手をやりたくて東京に出てきて、高校に行きつつ道場に通ったんです。
米田 そのきっかけは何だったのですか。
 『空手バカ一代』(梶原一騎原作)という漫画を読んだのが始まりです。奄美で道着を購入して、通信教育で空手を学んでいたんですが、それでもやっぱり道場に通いたくて。空手をやりたいからといっても親は納得してくれませんから、大学進学のために東京の高校へ行きたいという話をして、親を説得したんです。
米田 それで極真空手をおやりになった。当時は国際空手道連盟極真会というのが正式名称ですね。大山総裁のところに入門したんですか。
 大山総裁の本部ではなくて支部の方に行ったんですが、そこで素晴らしい師と出会いました。
米田 そこで初めて本格的な空手の体験をされて・・・・。世界大会で初めて無差別級の王者になったのは空手を始めてから何年目だったのですか。
 14年目、29歳の時です。
米田 その間は大変な努力をされたんでしょう。
 最初の目的は空手のチャンピオンになりたいとかじゃなくて、単に喧嘩に強くなりたいということでした。私は体が小さかったので、大きな人間に負けたくないという思いがあって、空手を始めて、多少やんちゃなこともしましたよ。僕らの時代は駅前にいろんな強者がいたので、もっと強くなりたかったんですけど、やはり大会に出るようになってからは違う目標ができました。
米田 そこが偉いですね。強さだけではなく、違うものを求めようという気持ちになった。最初は強さというシンプルな目標だったものが、精神性の高さを求めようというお気持ちになったわけですね。

人生を変えた”15秒の葛藤”

米田 そして5回目の世界大会を最後に引退された。無差別級の王者になられた大会が最後ですね。まだ29歳の時。そんなに早く辞めるものなんですか。
 そうですね。僕らの時代に30歳を過ぎた現役という方は少なかったです。
私は24歳の時、第4回世界大会で試合に負けて、そこで一つの区切りをつけました。
故郷の奄美に帰って、父親が経営する採石生コンの仕事の手伝いをしつつ、空手をやっていた。でも大山総裁から直々に、スイスの国際大会で演武をやりなさいと言われて。
現役が終わって演武だったらいいだろうと思っていたんですが、大会のひと月半ぐらい前になって、それが演武じゃなくて本物の試合だということが分かった。また一生懸命練習して試合に出たのですが、当時スイスのチャンピオンだったアンディ・フグ選手と決勝で闘って負けて、本当に悔しい思いをしたんです。
米田 そこでもう一度やろうと思われたんですか。
 ええ、いつもどこかで諦めてしまう自分がいて、この気持ちを乗り越えなければ、これからの人生においても必ず諦めてしまうだろうという思いが自分の中にありました。
 それを克服するためには練習しかないんですよね。世界で一番練習するという気持ちでやっていました。第5回世界大会の準々決勝で、大型の強豪日本人選手と闘って、もう駄目だという自分と、もう一つここで頑張れという自分がいて、ほんの15秒ほどの葛藤があったんです。その葛藤の中でもう一度自分を奮い立たせて、乗り越えることができた。やっと諦めない心をつかめた気がして、そこから準決勝、決勝は自分を信じて戦うことができました。
米田 外から見ていると天才的な空手家だと思っていましたが、そういう苦しみがあったんですね。
 その15秒を境に、諦めない、投げないという気持ちが自分の宝になりました。その後、組織での活動においても色々なことがあったんですけれど、前向きに乗り越えていけるという気持ちで生活しています。生徒にもいつも絶対諦めるなと話しています。投げなければ、いつか必ずチャンスは来るんだ、と。

”フルコンタクト”へのこだわり

米田 その後、後進を育てようと、極真会館を大組織に育てられたわけですね。
緑 2000年にNPO法人極真会館の代表になり、2003年に〝新極真会〟に刷新して(正式名称:NPO法人全世界空手道連盟新極真会、略称:WKO)道着もマークも一新したのですが、世界中の仲間も賛同してくれたんです。それはすごく友情を感じました。
米田 ところで私たち門外漢にとってピンとこないのは、”フルコンタクト”の空手と、その他の空手の流派とは何が違うんですか。
緑 2020年東京オリンピックに採用された空手は”ノンコンタクト”で、防具を付けたポイント制の空手、強く当てたら反則というルールです。大山総裁は、当てなければ空手ではないという信念で極真空手をつくった。それが一気に広まっていって、フルコンタクト(当てる)と、ノンコンタクト(当てない)とが世界を二分しているのが今の状況です。
米田 これは素人の愚問ですが、ノンコンタクトの特徴は何でしょうか。
緑 ノンコンタクトでは、技の正確性を重視するあまり、戦いに格闘技的なハードさというのはそんなにないでしょうね。
米田 実際に空手で他者と格闘する場面なんてあまりないでしょうし、ない方がいいですが、伝統派の寸止めの空手というのは素人からみれば、本来の有効性が分かりにくいのではないでしょうか。空手で自分の身を守らなければならない場面になって、初めて有効かどうか分かるような気がするのですが・・・・。実際は通用しないかもしれない。
 確かに本当に当てないと分からない。実際に大事な人を守る時に、それで守れるかどうかは、やってみないと分かりません。
米田 何でオリンピックは寸止めになっちゃったんだろう。危ないからってことですか。でも格闘技ですし、柔道だってたまには怪我するわけですから。
 フルコンタクトの試合でアバラ骨が折れたり、足の骨が折れたりということはたまにはあります。でも素人ならともかく、みんな普段から鍛えていますので、打たれ強くなっているんです。
米田 基礎的なトレーニングをちゃんとやっていれば、フルコンタクト=大怪我という、素人が考えるような話じゃないわけですね。

”いじめ”が蔓延する教育現場空手の理念がそれを解消する

米田 フルコンタクト空手の理念として、”心極める”という言葉を挙げていますね。
 試合でも練習でも、心が強くないと苦しい場面を乗り越えていけないですし、心を極めていかないと最後は諦めてしまう。それと世界チャンピオンになるレベルの人たちは「心がきれいでなければ試合では勝てない」とよく言うんです。我儘で、自分一人で強くなったという人は勝てないですよ。練習では相手がいて、周りの支えがあるからこそチャンピオンになれる。感謝の気持ちをちゃんと持っている人がチャンピオンになっていくんです。すべてにおいて、いいことも悪いことも心が決めていくと思うんです。
米田 強くなるということと精神性のレベルが高くなっていくということ、それは表裏一体なんですね。
片方だけじゃ成り立たないと。そういう境地に達せられたからこそ、新極真会の目標として”青少年の育成”ということを掲げていらっしゃると思うのですが、少年少女の会員も増えているようですね。
 増えています。親御さんが連れてきて、礼儀・礼節を教えたいというのもあるでしょうし、我が子はいじめられてほしくないですよね。
逆にやんちゃ坊主が入会してきたら、自分の弱さを知るんです。本当にいじめをしなくなるんです。
米田 弱い子は強くなっていくし、ハネてる子に対してはもっと強いのがいっぱいいるぞと、ちょうどいい具合にいくわけですね。
緑 ええ、強いのがいっぱいいるので、謙虚になっていきます。空手をやって、審査を受けたり試合に出るのは、子どもにとって本当に怖いことです。でもそれを乗り越えていった子たちは、すごく凛として絶対に人をいじめたりしない。いじめられっ子がいたらまもってやる。空手をやる子は学校でもリーダーシップを取るようになっていくんです。
米田 私もかつて国会議員を務めた者として、この国の教育の行く末を案じている一人です。しかし昨今の報道を見ていると、いじめが収まるどころか増えているようですね。今の教育の世界はおかしいところがある。教育評論家みたいな人たちが、いじめる側といじめられる側を同列に置いて、いじめられる子は可哀そう、でもいじめる側にも理由があるみたいなことをいってうやむやにしてしまう。どうやっていじめをなくすかという前に、まずいじめる側にいじめちゃいかんのだぞと明確に言わないとダメでしょう。いじめというのは犯罪なんですから。 
 それで命を落とす子たちもいますからね。
米田 小中学校に治外法権があるわけじゃないし、教育の現場がいじめをなくす能力がなければ、それこそ警察官の常駐でも考えるしかないじゃないですか。そうしないと永遠にいじめは続きますよ。

空手を通して子どもが国際人に

米田 私は緑代表とお会いしていいと思ったのは、やはり子どもに強い気持ちや自信を持たせる点です。いじめられる子は当然暴力への恐れを持っているでしょう。しかも大勢の相手から。そこで空手を習って心身を鍛えれば、自信を持てる。
 団体でいじめる子たちこそ気が弱いし、卑怯者で、相手が強くなったら、一人じゃ何もできない子たちなんですよ。だからこちらが強くなっていけばいいんです。
米田 それといじめは物理的な危害を加えられる怖さと同時に、孤独感というのがあると思うんですね。つまはじきにされて。でも道場で修行したら、孤独な時があってもくじけないでしょうね。
 くじけないですね。それと今、国際交流に力を入れている中で、海外の子供たちと国際大会をやるんですね。すると日本の子たちと海外の子たちが友達になるんですよ。空手を通して国際人になっていくんです。そして私たちはただ空手をやるだけじゃなく、骨髄バンクチャリティーや献血など、社会貢献においても力を入れております。
米田 当協会の鈴木丈真代表理事も長い間お付き合いをいただいて、以前も東ティモールに同行させていただいたようですが(2016年月、WKOの支部道場設立のため)、まず国際貢献という意味では、やはり武道の教育を広めていくということなんですね。
 東ティモールは治安が悪い。そして子どもたちへの教育の中に武道のようなものはありません。何もないところで今後空手を導入して、道徳や空手の精神を東ティモールの子どもたちに教えていく。それも一つの国際貢献だと思います。
米田 新しい国だけに、その国民を育成していく伝統的な精神的支柱として新極真会の精神と体躯の育成を導入していくということですね。
 東ティモールに支部が開けたら95カ国目、目標は100カ国なんです。
米田 当協会も大いにご協力申し上げたい。これからもよろしくお願いします。
ーこの記事は、平成29年4月12日に行われた対談をまとめたものです。