『先進国型の地方制度に改革して
       新しい富を生み人間の幸福を実現しよう』


神奈川県川崎市市長 阿部孝夫
聞き手/公益社団法人 国際経済交流協会 代表理事 米田建三   
(2013年7月発行World Navi)



米田 自治省(現・総務省)で重責を担われ、現在政令指定都市川崎の市長として3期目を務めておられるご経験を踏まえて、これからの日本の地方自治の課題と展望について伺って参りたいと思います。
 憲法改正論議が起きていますが、大きな課題の一つに、地方の仕組みの大改革があります。
 そこでまず自治省在籍中に埼玉、茨城、石川の3県の地方行政の重要な部分を担われたご経験から、お考えになったことをお聞かせください。
市長 都道府県は明治から国の手取り足取りで発展してきましたが、実際勤務してみて、独自に判断し、独自に決定できる地方自治が育っていることを実感しました。それぞれの県民性を持ちながら、みんなで一生懸命に産業・文化・教育の振興などに取り組んでいます。ですから地方分権というか地方自治はかなり定着してきていることを感じます。
米田 では、このままの制度でもやっていけますか。
市長 いえ、それは無理でしょう。東京一極集中が、あまりにも激しかったので、地方には人口激減して高齢化はどんどん進んでいる「高齢化先進地域」が沢山出ています。そういうところは自立して産業振興やろうとしても無理です。
 ですから課題は基礎自治体の強化です。例えば日本海側や四国などの人口100万人に満たない所が県と市町村の2層制になっているのをやめて、それぞれの県が特別自治市になり、それらを束ねる大きなくくりを州にしていって、地方行政を強化し求心力をつけていかないと成り立ちません。
米田 なるほど。私は、国家には中枢を担う拠点大都市は必要だけれども、地方の発展を絶対に忘れちゃいけない。地方が荒野になって大都市だけが存在するわけない、と主張し続けてきました。
市長 実は戦前には、中央集権だけれどもある程度の地方分権ができあがっていたのです。それを壊す形で大開発をやったのが、戦後の高度成長期です。
 それは非常に効率的だったんですが、しかし公害問題を解決できなかった。今の中国と同じで対応できなかった。そのとき従来型の産業振興だけでなくて、人間大事だよといった主張を掲げて国民から支持される勢力、いわゆる革新自治体が出てきました。
 この流れは都市が中心となって起こったものです。今は保守政権ではありますが、この流れの上に立っていますし、現代の先端産業、つまり研究開発型で国際社会を内面から改革してリードしていく新しいものも都市から生まれています。川崎、横浜、神奈川がやっているライフイノベーションの国際戦略総合特区はまさにそれです。
 これは国の主導だけではできないんです。現場があって濃密に人間が交流する中から、こういうのがいいじゃないかって出てくるものですから。
 今は明治や終戦直後の開発途上国型の国家主導の大規模開発と違って、内発的に狭い地域からイノベーションをやる時代で、分野も医療や環境という時代です。従って都市の役割は以前とは非常に違う形で大きくなってきていると思うんです。
米田 そうすると都市、地域のあり方について市長はどのように整理されておられますか。
【基礎自治体は100万人規模に】
市長 人口100万を超えるくらいの特別市というのが、先進国になった国における地域政治の形態としては理想ではないでしょうか。
 特別市となると独自の産業振興も文化振興もでき、国際関係でも存在感が出てきます。一方で、住民主権に根ざした住民サービスの提供が非常に大事です。つまり効率的な大きい行政と民主主義を共に実現する工夫が必要です。
 これに対して面積が大きくて人口は60~80万位で知事が一人で市町村長が十何人もいるような所では権限も発想も分散してしまいます。これを基礎自治体に再編し、濃密にみんなで意見交換をしながら新しい政策を生み出していくことになると全然違ってきます。
米田 そうすると、県はいらないということですか。
市長 県を必要とする規模の小さい市町村もありますから、県を力の弱い市町村をカバーする特別市みたいな形にすればいい。
米田 広域市ですね。
市長 そうそう、広域市みたいに。県を市にと言うとみんなびっくりするんですが、県の出先機関を生かして県の本体をなくすんです。それらを道州で括る。国の出先機関の権限も道州に委譲し、かつ県が持っている広域的な警察なども道州に持っていく。
米田 地方に権限を委譲するには、課税自主権もセットで委譲していくことになりますか。
市長 そういうことですね。地域通貨を作って、二重通貨となってもいいんです。実質的に北海道や沖縄の通貨が本土の通貨より安くてもいいんです。地域振興をやろうと思うと、どうしても大都市が強くなってしまいますから、その位まで自由度を高めて分権を進めるとだいぶ違いますよ。そうすると国際社会と直結できるんですよ。
米田 おもしろい、夢のあるお考えですね。
 さて、殿町の国際戦略総合特区について、役所の方から御寄稿も頂いてるんですが、市長のお言葉でこの狙いをお話しください。
【殿町の国際戦略総合特区がめざすもの】
市長 国際社会でリーダーシップを取れる産業分野をやろうということなんです。日本は医療の基礎研究については相当進んでいても、それが医療機器とか医薬品になると、2兆円の輸入超過。いかに産業化するかが大きな課題になっています。
 それと産業とはそもそも何ぞやという哲学問題があるんです。産業はどう発展していくか。最初は農業、次いで手工業を経て月に行ったり原子力発電や核兵器ができたり。このようにどんどん発展する一方で、だがそれで人間が幸せになったかという問いが常にある。
 技術が発展した先に、人間が生活していくのに何が必要かというと、健康で長生きして楽しく、つまり健康長寿なんです。人間という動物が、子孫にわたるまで地球上で幸せに生きていけるために一番大事なのは健康ですから、健康に直接関係するライフイノベーション、生命科学、これは最後の最後まで残る、永久になくならない産業分野です。その芽がせっかく出てきたので、川崎でも伸ばしていこうとして始まったのが、この殿町の国際戦略総合特区です。
 川崎には周りにいろんな企業の研究機関があるので、実用化への狙いを定めた研究を支援していきます。そして実用化のためのプロセスを簡略化して外国と競争できるくらいにもっていこうとしています。おもしろいことにアメリカが狙いをつけて来たのです。今までは日本で研究したものをアメリカで製品化していたのが、日本人が開発したものをアメリカの企業が日本で産業化しよう、となった。
米田 なるほど。そうするとこの川崎の拠点に、製薬会社なり医療機器会社が研究所を設けて、ここで製品を作り上げれば、従来よりも早く国の許認可も取れるといった可能性があるのですか?
市長 はい。そうです。
米田 それは素晴らしいですね。
市長 川崎には企業の基礎研究の支援をする機関なども集まって来ています。例えば、医薬品などの効果や安全性の評価基準をつくる機関である国立医薬品食品衛生研究所。医薬品開発などを行うときに必要な動物の研究をしている、非常に難しい技術を持った実験動物中央研究所。日本アイソトープ協会という放射線関係についてのあらゆるノウハウを持った機関も来ます。
 それぞれの企業の研究所の場所はどこでもいいのです。ここを製品化の拠点にして、最終段階を素早く通過して国際展開する。外国の企業も会社を川崎に置かなくても、羽田が近いですからしょっちゅう飛行機で来ることで、日本の最先端技術や製品にふれることができます。
米田 なるほど。大変大きな使命を担うことにもなると思いますので、ぜひ成功していただくようにご期待申し上げたいと思います。
 話は変わりますが、市長は自治省時代にサンフランシスコで領事もされましたね。自治行政ご専門だけれども、アメリカでの仕事の経験もおありで、現在は大都市川崎のリーダーとして、日本の国際的な立ち位置というのは常に気にされておられると思います。日本の今後について、市長として特にお考えのことをお話しください。
【先進国民として行動しよう】
市長 一言で言うと、明治維新というのは発展途上国の日本が、先生を中国から欧米に切り替えた九十度の転換でした。ところが戦後は高度成長で円が強くなって貿易黒字が出るようになり、日本は生徒から先生になった。経済で言うと、貧乏人から金持ちになった。これは百八十度の転換です。だから相当意識改革をしないといけなかったんですが、今まで後手後手になってきたのは、先進国民になった経験のない人が一生懸命やってたからですね。今ようやく先進国としての行動のあり方を国民も分かってきた段階。いよいよ先進国として新しい富を作らないといけない時代だと思います。
米田 ぜひ、これからもご健闘をお祈り致します。ありがとうございました。
市長 ありがとうございました。