『世界の国々がまた日本に目を向けはじめた』


独立行政法人 日本貿易振興機構 理事長 石毛博行
聞き手/公益社団法人 国際経済交流協会 代表理事 米田建三   
(2014年7月発行World Navi)

JETROの歴史は日本経済の戦後史
米田 私どもの社団法人は、日本の中小企業の海外進出時のサポートを目的の一つに設立されました。その意味では石毛理事長のJETROともご縁が深く、たとえば貴機構の吉村理事には当協会が事務局を務める日本ハンガリー経済交流促進協議会の顧問をお引き受けいただいております。
 そしてJETROといえば、現安倍政権の経済政策の大きな柱の一つである成長戦略の要を担う存在であるということが言えると思います。ところがその一方で、世間一般ではJETROと言っても「名前は知っているが、具体的な活動内容は知らない」という人が大勢なのではないか。そこでまず、JETROとは何ぞや―と、そこから伺わせていただきます。
石毛 JETROは1958年、特殊法人日本貿易振興会という名称で発足しました。その前身は1951年大阪に生まれた財団法人海外市場調査会です。戦後まもなく、まさに日本はこれから輸出に向けて頑張っていかなくちゃいけないという時代でした。この財団法人と、国際見本市協議会、日本貿易斡旋協議会が統合して財団法人海外貿易振興会が生まれ、やがて特殊法人日本貿易振興会、そして現在の独立行政法人日本貿易振興機構へと繋がってゆくわけです。
 そもそも、JETROのEはExport(輸出)のE。70年代までは輸出促進が我々の主たる業務でしたが、80年代に日本の大幅な輸出超過、つまり貿易黒字が海外から批判されて、これからは輸入の拡大にも取り組もうということになりました。それまでのような原材料の輸入だけでなく、製品の輸入にも力を入れるようになったのです。当時の中曽根康弘総理自ら輸入物のネクタイを締めてテレビに登場するといった国民運動が展開されました。ですから、現在、JETROのEはExternal(外との関係)のEです。
 それから日本企業の海外進出。80年代、海外に出てゆく日本企業は大企業が中心でしたが、90年代後半くらいから中堅どころの企業もかなり海外に目を向けるようになりました。とりわけ2000年代後半あたりから中小企業の海外展開が目立つようになり、私たちのところへ情報―それも産業情報、制度情報、企業情報といった具体的な情報を求めて来られる方が増えました。現在JETROでは、国内に東京・大阪の本部に加え40カ所の貿易情報センター、海外では56カ国74の現地事務所を設けて個別の相談にあたっています。
米田 まさに戦後の日本経済の発展史を伺っているようですが、最近は外国からの対日投資の拡大にも注力されていらっしゃると聞いています。6月には、貿易および投資を促進すべく米マサチューセッツ州政府とのあいだで覚書を締結されました。米州政府との覚書はこれが初めてですか?
石毛 そうです。さきほど言った輸入促進の時代には各州政府と一緒に日本の市場に輸出できるものはないだろうかと、そういう掘り起こしをかなり熱心にやった実績はありますが、覚書には至りませんでした。
米田 ひと口に対日投資を促すと言っても、相手の産業の特性をよく見極める必要がありますよね。たとえばフランスでは日本の高齢化を見越してヨーグルトなど乳製品の対日輸出に熱心と聞いていますが、マサチューセッツ州の産業の特徴は何でしょうか?
石毛 マサチューセッツ州は、アメリカの中でも医療機器やバイオといった分野のハイテク産業が集中しているところです。従って狙いは二つあって、マサチューセッツの側からするとそういう分野で競争力のある日本企業に来て欲しい、逆に日本側からするとそういうマサチューセッツの企業に日本の市場に投資をして欲しい。そして協力し合って、お互いにWIN─WINの関係をつくっていきましょう、ということなんです。これは去年の12月にマサチューセッツ州のパトリック知事が来日された際、私たちの仕事を説明したところ、先方が大変興味を持ってくださったというのがきっかけでした。
米田 このマサチューセッツ州といい、先程のフランスといい、世界の国々がまた日本に目を向けはじめたと言えますか?
石毛 それはそうです。アベノミクスで再び世界の注目を集めるようになった日本経済ですが、率直に言って、この10年位は海外投資家のレーダースクリーンから消えていました。JETROが対日投資の促進事業を始めたのは、ちょうどその10年前くらいからでした。

当時は小泉純一郎内閣の時代で、もっと対日投資を増やそうじゃないかという計画を立てました。実際、まあまあ増えつつあったのですが、2008年のリーマン・ショックで横ばいないしは微減に転じてしまったというのが実態です。それを今度は、アベノミクスで倍にしようという目標を立てているわけですけれども、そんななか私どもは、規模は小さいけれども日本市場に魅力を感じている外国企業の進出に対し、一件一件丁寧にサポートさせていただくのが私たちの重要な仕事であると位置づけております。
日本の農産物と加工品を世界へ
米田 WIN─WINと言えば、当協会の会員で欧州からシャンパンを輸入している会社があるのですが、その取引先のフランス・シャンパーニュのメーカーがレストランその他200件ほどの納入先をフランス国内に持っているんです。そこがぜひ日本酒を扱いたいというので日本酒メーカーを紹介したところ、先方も興味を持って契約が成立しそうなんです。微力ながら我が方もそんな取り組みをしております。
石毛 ほう……。それは非常に興味深い。じつは、今代表がおっしゃられた日本酒の分野というのは、日本の農産物の輸出振興に繋がるということで2年ほど前から我々も力を入れている分野の一つなのです。現在、日本酒の輸出規模が年間100億円程に対し、フランスワインは1兆円前後ですから、日本酒輸出増の可能性は非常に大きいんじゃないかと期待しています。それで海外からバイヤーを呼んで年間10回前後の試飲会を開くなどのPRをしたりしていますが、今後は裾野を広げてよりいっそうの周知活動が必要であると痛感しているところです。
米田 私たちもこの6月、地域産業支援事業ということで高知の日本酒メーカーと震災から立ち上がった東北の水産加工品会社の試飲食会を開催しました。また、欧州や東南アジアで日本酒の試飲会を開こうという計画もあるのですが、その際、一番の課題はしっかりしたバイヤーを確実に呼び込み、具体的な商談を成立させることです。この点に関して、JETROの方では長年の豊富な蓄積とノウハウがおありと存じていますが?
石毛 信頼のできる海外のバイヤーを日本の企業に紹介するというのが私たちの重要な仕事の一つですから、そういうバイヤーのリストをデータとして持っています。そのリストを使って、たとえば各国の農産物や食品のバイヤーを北海道に集めて商談会を開く、というようなことをやっています。あるいは、震災後の福島に呼んでみたりとか、日本酒の分野でしたら「酒サムライ」と称する日本酒の若手蔵元組織がありますので、そういうところへバイヤーを案内してみたりとか……。
米田 それは素晴らしい。日本の農家や蔵元が売り先を見つけに外国へ出てゆくのはなかなかできることじゃありません。気持ちはあっても最初の一歩が踏み出せないというところが多い。しかし、こちらが出かけるのではなく、向こうから来てくれるというならハードルはグッと下がるでしょうね。
石毛 私たちの仕事はまさにそこなんです。「つなぐ」ということ。内外の生産者やバイヤー、それから政策を実行する国や自治体の政府や機関を私たちが知っているということで、目的に応じた展示会や商談会を通じて最適なビジネスパートナーを探すお手伝いをしています。
 これは私たちが海外の投資家向けに作成したパンフレットですが、タイトルがまさに「Talk to JETRO First」。「まずジェトロに相談してください」です。同時にプロモーションビデオも作って、安倍晋三総理にも登場していただきました。私たちのところへ来てくだされば様々な情報を提供できますよ、ということですが、逆もまた然りです。海外に出てゆく日本の投資家の皆様にとっても「Talk to JETRO First」と申し上げたい。
輸出促進とともに投資呼びかけ
米田 ここ数年、私は外務省をはじめ政府の関係者に会うといつも苦言を呈するのですが、世界で日本の存在感がどんどん低下しています。この前は東欧をまわってきたのですが、プラハの空港で外国語の表示は英語とロシア語と韓国語で、日本語がない。昔日本はあれだけチェコを応援し、今も多くの日本企業が進出しているのに、ですよ。バンコクの空港ですら英語と中国語だけだし…。もっと日本の存在感をアピールするために、相手国への申し入れ等、努力すべきではないか。
石毛 それは私たちJETROにも責任の一端がある。日本の影響力が低下しているということは、すなわち日本の経済力が低下しているということです。日本の経済が大きいということはそのまま日本の魅力が大きいということであり、すべての分野で有形無形に良い影響を及ぼすことになります。だから現在、アベノミクスで日本経済全体が力強く復活しつつあるということは、個々のビジネスにとっても大変な追い風になるのです。
米田 かつて通産省が日本経済の海外への拡大の先頭に立ち、花形官庁だった時代がありました。後になってそれが何だか悪いことのように言われ出して、バタバタしているうちにいつの間にか後発国に追いつかれてしまった。最近になってようやくかつての日本が復活しつつあるのかな、という風に感じておりますが……。ところで、外務省も企業のサポート実務に取り組み始めましたね。
石毛 外務省との連携で言えば、力を入れているものが二つありまして、対内直接投資と農林水産物・食品の輸出促進の分野です。対内直接投資の促進に関しては、常々以下の三点を申し上げてきました。一つは投資環境を良くすること。これは法人税率の引き下げや規制緩和などですね。二つ目は情報発信をもっと高いレベルで行うこと。いま総理が世界中をまわって投資を呼びかけていただいているのは極めて重要なことです。そして三つ目に、個別の具体的な呼びかけ。投資はかけ声だけでは動きませんから。
米田 対日規制緩和についてはいかがですか?
石毛 欧州へは口蹄疫問題で輸入制限のあった牛肉が輸出できるようになりました。いまは中韓が一番厳しく規制しています。震災後、特に中韓と台湾が放射性物質を非常に気にしていました。そこでまずタイのバイヤーに福島へ来てもらって、検査体制や生産過程を直接見てもらいました。その結果信用されて、輸出できるようになり、一昨年には王室に献上されるまでになったのです。
米田 最後に民間団体との連携についてお伺いします。
石毛 JETROは非常勤を入れても2000人。それに対して日本には400万の中小企業が存在します。そのうち何割かが海外展開を考えたとしても、JETROの人員は余りに足りない。今後は民間団体と連携して、中小企業の海外進出を支援してゆくことが不可欠と考えております。